井の頭公園のそばの花屋さんで。
実はこれ以外にも2種類の花を買っていた。けれどもそれを全部ひとつの器に飾るとどうにもまとまりのない感じになってしまい、結局この二つをセレクト。
写真に撮らなかった2種類は別の器に飾って和室へ。
クリスマスと年末を間近に控えて、花屋さんは嵐の前の静けさという感じだった。
実はこれ以外にも2種類の花を買っていた。けれどもそれを全部ひとつの器に飾るとどうにもまとまりのない感じになってしまい、結局この二つをセレクト。
写真に撮らなかった2種類は別の器に飾って和室へ。
クリスマスと年末を間近に控えて、花屋さんは嵐の前の静けさという感じだった。
アトレの花屋さんで。
白い小さな花をつけたワックスフラワーは、見た感じも触れた感じも硬めなイメージ。
バラの花は渋い色合い。ジュリアという名で人気の品種とのこと。
カーネーションもくすんだ濃い赤い色。
秋のイメージを意識して選んでみた。
うちのベランダで咲いたチューリップ。
きょうは最高気温が25度まで上がるという予報で、その高温と日差しをやりすごしたあとでは花はきっと終わってしまうなと思い、思いきってカット✂︎
去年の秋にお店で球根を買ったとき、球根に白いテープが巻かれていたから、その前の年やさらにその前の年に買ったのとおなじように真っ白な花が咲くと思っていた。
けれども数ヶ月して咲いたのは、黄色の少し混ざったどちらかというとアイボリーに近い色だった。意外。もちろんそれも綺麗。
屋内よりも太陽の下で見た方がよりはっきりと黄色い。
土から生えている花を切って器に飾るのは、昆虫を捕まえて標本にするのに似ていると思った。
違う種類だけど同じ色の花をひとつの器に飾るのは、先月、トルコキキョウとストックでやってみたところだし、このパターンで別の花ももっと試してみたい。
自分へのホリデーギフトにペーター・ヴァン・デン・エンデの「旅する小舟」を買った。文字のひとつもない絵本で、ショーン・タンの「アライバル」をすぐに思い出した。不思議な生き物がいっぱい出てくるところも共通点があると思う。
9月に母が亡くなってからよく思い出すことが二つあって、ひとつはE・M・フォースターの次の言葉。「一つの死はそれ自身は説明できても、別の死の理解には役立たない」。
もうひとつは、三國連太郎が自分の死後に海への散骨を希望していたにもかかわらず、息子の佐藤浩市は父のお骨をお寺に納骨してしまったというエピソード。
とりあえず一輪、先週の白い花と一緒にベースに飾ってみる。
※ ※
今年になって grief dramaという表現を知り、この数年、自分が執着していたドラマの総称はこれだったのか...と思った。簡単にいうと、家族や身近な人を失い、遺された人がそこから立ち直るドラマのことである。
日本語で grief drama に相当するフレーズはたぶんないと思う。「喪失と再生の物語」とでもいうか。でも grief dramaのようなネーミングのスッキリ感はない。「泣ける話」とか「感動ストーリー」みたいな漠然とした説明で、他のものと明確な区別をされていないと思う。
この数年で読んだり見たりしたグリーフ・ドラマの要素が強い作品。
ウィリアム・H・メイシー「君が生きた証」
ジャン=マルク・ヴァレ「わたしに会うまでの1600キロ」
ショーン・レヴィ「あなたを見送る7日間」
フランソワ・オゾン「彼は秘密の女ともだち」
ヨアキム・トリアー「母の残像」
西川美和「永い言い訳」
ジャン=マルク・ヴァレ「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」
デヴィッド・フランケル「素晴らしきかな、人生」原題は COLLATERAL BEAUTY
オリヴィエ・アサイヤス「パーソナル・ショッパー」
松永大司「ハナレイ・ベイ」
ケネス・ロナーガン「マンチェスター・バイ・ザ・シー」
ジュリアン・バーンズ「人生の段階」
シーグリッド・ヌーネス「友だち」
湯浅政明「きみと、波にのれたら」
パブロ・ラライン「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」
コルネル・ムンドルッツォ「私というパズル」
ヤマシタトモコ「違国日記」
この中でどれかひとつを選ぶなら「人生の段階」。リストにして気がついたんだけどジャン=マルク・ヴァレの映画が2本ある。この監督は何かこだわりがあると見た。ソナーリ・デラニヤガラ「波」もそのうち読んでみたいと思っている本のひとつ。