2017/12/30

チューリップのブーケ お正月風

中道通りの花屋さんで。
松と金の枝がさりげなく新年を迎えている。
チューリップは白だけでなく赤や黄色やピンクから選べるようになっていてまるで童謡の歌詞のようだった。


先日は横浜美術館に石内都の個展を見にいってきた。
老人の裸体、女性の身体についた傷跡、原爆で死んだ人の遺品などの写真が引き伸ばされてずらーっと並ぶなかなかハードな写真展だった。

石内都は遺品を写したシリーズが有名。
フリーダ・カーロの遺品を写した作品は1年前に資生堂ギャラリーでも展示され、ドキュメンタリー映画にもなった。

遺品というのは、事件に巻きこまれて血まみれだったりボロボロだったりすれば別だけど、これは誰それの遺品ですと説明されなければただの古着や古道具だ。つまりそれ自体に意味はない。案外ニュートラルなんだなあと展覧会では感じた。


遺品というと映画でおかしかったのがフランソワ・オゾン監督の「彼は秘密の女ともだち」。
妻を亡くした青年が、奥さんのワンピースを着て小さな娘をあやしているうちに女装癖が開花してしまう。

あとラース・フォン・トリアーの甥という人が監督した「母の残像」という映画。
有名なフォトグラファーの女性が亡くなり、3年後に回顧展が開かれることになる。その準備で遺品を整理することになり、息子(20代後半)が母の部屋に入り、クローゼットの服を手にしたとたん一瞬匂いをかぐ。
そうそう、反射的にそうしちゃうよねと思った。でも何年もたってるからその人の匂いなんかもうしないのだ。


来年はよい年でありますように。

2017/12/23

彩度の低い花束

すごく近所の花屋さんで。
エリンジウム、フランネルフラワー、カラー。
彩度の低いところがカッコイイ花束なので部屋の明かりをつけないで撮影してみた。

残り一週間ほどで今年が終わるので振りかえるようなことを書くと、一年間よく欠かさず花を買ったなと思う。
毎週同じ曜日に、無理のない範囲の同じ予算で花を買いに行くといいですよ、なんていう女性雑誌の記事があったりするけどまさにそれを実践してしまったわけで、べつに真似したわけではないけどなんか面映ゆい。

日常生活に花を!(ELLE ONLINE


来年からは週1じゃなく10日に1回くらいの頻度でいいような気もするけど10日保たない花もあるから、そうすると結局しおれたら買いかえるという不規則なパターンになってしまいそうだ。
やっぱり週1がよさそう。

2017/12/16

ミニバラ

中道通りの花屋さんで。
ピンク色の花だけじゃなく緑色の花もバラ。
きょうはピンク色の花を買って帰ろうと思って花屋さんに行った。このごろは色で花を選ぶ傾向。

1年が終わりに近づいてきたけど毎日ただ寒いだけで年の瀬の気分はまったくしない。
Twitterrificと Standlandのアイコンがサンタになったのでもうじきクリスマスなんだなとは思う。

「日ポン語ラップの美ー子ちゃん」を読んで、ヒップホップを聴きはじめた頃のことを思い出した。
それまで聴いていた音楽とはまったくちがう、なにをしてもいいんだ感。
ギターがいてベースがいてドラムがいてボーカルがいるという、いわゆるロックバンドの編成が急に旧態依然のモノに思えてしまったこと。
5年くらいヒップホップしか聴かなかった。たぶんなにかに取り憑かれていた。

2017/12/09

ガーベラ

アトレにあるもう一軒の花屋さんで。

朝、ヒーターをつけないで1時間運転したら凍えた。
なにせ気温4度。
考えてみたら冷蔵庫の中に座っているようなものだった。
いったん体の芯まで冷えると多少あったかいものを飲んでもダメで、結局一日中寒かった。
花も暖かさを連想させる色のを思わず選んだ。。


いまのシーズン、花屋さんはシクラメンとポインセチアがものすごい数並んでいる。
それらから視線をそらして店内を見渡すと
一輪だけで十分なほど巨大なアマリリスや
理科の時間の水栽培を真っ先に思い出すヒヤシンスがあってなんとなく惹かれた。
先週のスイセンもそうだったしいまは球根の植物が多いのかも。

2017/12/02

スイセン

井の頭公園のそばの花屋さんで。

ひさしぶりに買った細長い切り花は飾るのも撮るのもむずかしかった。
なので冬の陽射しを利用させてもらった。


今週は資生堂ギャラリーでザ・ユージーン・スタジオの個展を見た。
展示されているインスタレーションはたいへん有名な劇映画をモチーフにしていて、
そのことにまず驚いたのだけど、
その映画が作られていまはすでに半世紀後であること、そしてその映画がタイトルの一部としている年さえとっくに過ぎ去った未来に自分たちがいることが瞬間に理解され、
インスタレーションの前から動きたくない気分におそわれた。

銀座の街は外国人観光客をのせた大型バスが走っていたり GINZA SIXがそびえていたりと自分にとってはすでに未来的な眺めなのだけど、展覧会が示す今と未来の方がすごかった。

2017/11/25

バラとラナンキュラス

京王の花屋さんで。

このブーケの主役は変わり種のラナンキュラス。
緑色のモジャモジャもけっこう存在感があるけど。
普通のラナンキュラスはこちら(link


木曜日は朝から本降りで、
昼あたりになると予報通りにぴたりとやんで、その後急速に晴れ渡った。
雨でほこりが洗い流されて、
横浜に行くためにベイブリッジを渡ったら、
みなとみらいのビル群と、その向こうに雲をまとわりつかせた富士山と、
青い空も眼下に広がる海もなにもかもがクリアに見えて胸に染み入るほどだった。

2017/11/19

デンファレ

井の頭公園のそばの花屋さんで。

先週のミニバラがまだ咲いている。先々週のジニアもまだ咲いている。ベランダでは白いサザンカも咲いている。というわけで、もしかして今週は花を買わなくていいんじゃないかなと思ったのが一日遅れた理由。


奈良美智の描くドラミちゃんがいい。ジャイアンにリボンをとられたドラミちゃんじゃない方の、赤いリボンがついてるドラミちゃんの絵だ。
実物を見に六本木ヒルズまで行きたいほど気になっている。

ドラえもんのパスティーシュというと一度雑誌に載ったきりたぶんどこにも収録されていない松本大洋の「ドラえもん」も強烈だった。実をいうとこの作品で松本大洋の魅力に気づかされた。それまで非常にクセのある絵を描く人としか思っていなかった。

その松本大洋の「ルーヴルの猫」という長編が発売になった。「漫画、9番目の芸術」と題したルーヴル美術館の企画のひとつ。美術館にひっそり暮らす猫たちを描いていて、どのページも猫、猫。
期せずして今月は猫を懐かしがる月間になっている。

2017/11/11

ミニバラのブーケ

中道通りの花屋さんで。

昼と夜の温度差が大きくそのつど鉢植えを出し入れしていたら背中を痛くするというひ弱さ。

きのう吉祥寺の映画館でナショナルシアターの舞台中継を見てきた。
演目はハロルド・ピンターの「誰もいない国」。お芝居自体は2時間弱で終わるんだけど、カーテンコールのあとの出演者と観客とのQ&Aタイムも収録してくれていた。
舞台衣裳から私服に着替えて登場した俳優4人のなかでイアン・マッケランがとびぬけてオシャレ。いちばん饒舌だし。
おしゃれ老人というのはこういう人のことをいうんだと思った。

2017/11/04

ジニア

京王の花屋さんで。
いかにも花屋さんで買いました的な花じゃなく、
小さく野草っぽい雰囲気の花を家に飾りたかったのでこういう花にしてみた。
長い年月つきあっていた女性の命日なのでもっと立派な花にすべきだったのではと思いつつ。。。
花の色が全部ちがうのでこぢんまりした中にも鮮やかさがあると思う。

とりあえず今夜はヘンリー・スコット・ホランドの「さよならのあとで」という詩を読んでしんみりしたりしている。

2017/10/28

バラ

井の頭公園のそばの花屋さんで。
赤いバラを買ってきた状態で飾るとセレモニー感が出てしまうことが判明。
どうしようかなと思って葉を取って茎を短くしたらやわらかい雰囲気になった。


10月は新国立劇場で「トロイ戦争は起こらない」、東京芸術劇場で「リチャード三世」の二本の芝居を見た。
前者は鈴木亮平の演技を見るために、後者は主要スタッフが外国人でキャストがオール日本人というプロダクションの形態に期待して買ったチケットだった。

主要スタッフが外国人でキャストがオール日本人という形態は演劇にかぎらず映画でもそそられるものがあって、
たとえば監督がトラン・アン・ユン、撮影がリー・ピンビンで、出演者が松ケンや菊地凛子の「ノルウェイの森」はフジテレビ制作とはまるで思えない、テレビっぽさの全く感じられない作品でいまでもいくつかの場面を思い出すことがある。

お芝居の話に戻ると、演劇の公演というのは初日の2、3ヶ月前にチケットを買わないとならないので SNSの評判や口コミに頼ることができず、毎回賭けみたいなところがある。
なので、その作品のどこに自分は興味を感じるか毎回シビアに考えることになる。なんていうと仰々しいけど、たいていは好きな俳優が出ているか好きな作家(演出家)の作品だからかのどっちかだ。

2017/10/21

ガーベラ

アトレの花屋さんで。
雨が続いているので明るく華やかな花にしてみた。

モランディの画集と並べて撮ってみたのは、イタリアの靴とバッグのメーカー、トッズの広告写真を見たせい。
ファッション雑誌に掲載されたトッズの広告写真(link
まるでモランディの絵の中にトッズの商品がはいりこんだかのようだ。

引っ越しの記念に買った笹尾光彦の大きな絵にモランディの花瓶の絵が取り込まれていて、それを毎日毎日眺めて暮らしているせいでモランディについてはへんな思い入れをもってしまっている。昨年の展覧会にも行ってポストカードを買ってしまった。

うちにある笹尾光彦の絵(link

ところで静物写真というのは、人やネコや風景を撮るのとちがって、よく撮れなかったら原因は100パーセント自分という感じがする。

2017/10/14

トルコキキョウ

京王の花屋さんで。
写真にうつっている一輪だけを買ったわけじゃなくて、
ピンクと紫色の三色のトルコキキョウのブーケをばらして白い花だけ棚に飾ってみた。
残りの花はダイニングテーブルの上。


21世紀になってから刊行されたジョン・アーヴィングの小説をまったく読んでないことに気づき、発表順に読んでいくことにした。
4作もあって、4作とも上下巻。
3年くらい前、「海辺のカフカ」以降の村上春樹の小説を順に読んで最新刊までたどりついた経験がなかなか楽しく、その感じをまた期待している。

2017/10/07

バラ

井の頭公園のそばの花屋さんで。
いつでも売っているのでかえって買わない花。だけどきょうは買いたい気分だった。
デリーラという種類。


カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞した。

映画にもなった「日の名残り」を読んだのは20世紀のことなのでそれについて書くのはそれこそ日の名残り的な回想になってしまうわけだけど、

老人が車で目的地に向かうという話の枠組みがベルイマンの「野いちご」と同じであることや、
最後に目的の人物に会うプロセスが漱石の「明暗」と重なること、
緊迫感とユーモア、人生に対する臆面もない肯定、
それらことごとくがツボにはまり、
読み終わって幸福感に包まれた(笑)記憶がある。

翻訳の土屋政雄の名をおぼえたのもこの小説。
エンディングの3ページくらいを書き写したテキストファイルはいまでもパソコンのハードディスクにある。

誰かに会いに行く話、という形式は「わたしを離さないで」でも踏襲されていて、著者はそれが得意なのかも。

2017/09/30

ダリアのブーケ

青山フラワーマーケットで。
露出をおさえて撮ってみた。夜の雰囲気。花びらが観賞魚の尾ひれのよう。
実際に撮ったのは午後3時。

この時季の花屋さんはダリアの花をよく売っていて、
去年は10月中に2回もダリアを買ったのだった(なんていうことがブログを1年続けたおかげでわかるようになった)。
今年もそうなるかも。

2017/09/23

クレマチスのブーケ

京王の花屋さんで。

きょうはお彼岸ということで、
スーパーなどいたるところに切り花があふれていて、わざわざ花屋さんに行く必要がないんじゃないかと思うほどだった。

緑が主体の花束を選んだのには理由があって、
それはたぶん深大寺にある植物多様性センターに行ったことと関係している。

植物多様性センターは神代植物公園の分園という感じの場所。都下と伊豆諸島に生育する野草や樹木が数多く集められ、育てられている。
本園から離れていてわかりにくいし、バラ園などに比べるとぱっと見は地味だけど、
とにかく植物の種類が多く、雑草にしか見えないようなものにまですべて名前がつけられていて、たいへんな手間をかけて維持されていることが伝わってきて、歩いていておもしろい。

少し前に読んだTJAPANの、アメリカのフラワー革命の記事(link)なんかも思い出してしまったのだった。

2017/09/16

コスモス

中道通りの花屋さんで。
ピコティという種類で、花びらに縁取りができるのが特徴らしい。

秋になってもコスモスの切り花を花屋さんでそれほど見かけないのには理由があって、たぶんあまり長持ちしないからじゃないかと思う。
実際、茎の細さは心細いほどで、ならば、と茎を短く切りつめて花だけにしてみた。
どんな感じだろう。


先週は東京都美術館のギャラリーで杉戸洋の個展を見てきた。
上野には巨大な美術館がいくつもあって、
そこではおもに世界的名画や美術品が展示されている。
隣のコンサートホールではビゼーやモーツァルトが演奏されてたりもする。

それらを横目で見ながらギャラリーに向かうのは、書店で岩波文庫や文学全集の棚を素通りして話題の新刊とかいうコーナーに行くのに似てる気がした。

2017/09/09

菊のブーケ

青山フラワーマーケットで。

9月9日は重陽の節句といい、またの名を菊の節句ともいうらしい。
知らなかった。
お店ではそれにちなんで菊のフェアをやっていて、眺めているうち、そういえば三島由紀夫の作品に「十日の菊」という戯曲があったけどこの節句にひっかけているのか!とひらめいたら急に気分がのった。

菊はなんとなくお葬式のイメージがあっていままで一度も買ってなかったはず。
しかしこの派手な雰囲気と重厚な色彩はランとあまり変わらない。

俯瞰気味に撮ってみた。

2017/09/02

秋の草花

アトレの花屋さんで。
季節が急に進んだのでそれに合わせて。
ケイトウ、ワレモコウ、リンドウ、シュウメイギク。


トヨタのお店で傷ついたサイドミラーを直してもらった。
2年間借りていた駐車場を解約して、別の駐車場を借りることにした。
3.11で転がっても大丈夫だったパソコンがついに壊れて、新しく買い換えた。
古本屋でめずらしく本を買った。
しばらく聴けなかったヒップホップとかブレイクビーツがまた聴ける気分になってきた。
いろいろ変化。

2017/08/26

グロリオサ

井の頭公園のそばの花屋さんで。

きょうは渋谷の映画館で「関ヶ原」を見てきた。
原田眞人監督の新作で、司馬遼太郎の有名な小説が原作。
きょうが初日で、その第一回目の上映を見ることができて、もう思い残すことはないくらい満足している。
監督の次回作はキムタクと二宮和也が共演するミステリで、来年に公開が予定されているらしい。
それまで冬眠していたい気分。

地元の駅に戻ってきてはみたものの激しい戦争映画を見て疲れたのと、気分が高ぶったのと、あと暑さがぶりかえしたのとで小さい可愛らしい花を買う気分ではまったくなく、
買うならば赤くて、派手で、大きいのがいいなと思い、目についたのがこの花。
熱帯のユリ。

2017/08/19

リシアンサスのブーケ

青山フラワーマーケットで。

花屋さんでは見慣れない、または聞きなれない花があったらそれを買うことが多い。
リシアンサスもはじめて聞く名前だったので選んだのだけど、帰る途中で検索したらなんとトルコキキョウの別名だった。いわれてみれば知ってる形の花だし何度も買ったことがある。。

もともとトルコ産の花でもキキョウの種類でもないので、
トルコキキョウという和名はこれからマイナーな呼び名になってゆくようだ。


井の頭公園の駅前にできた SIDEWALK STANDの2号店に行ったら、入り口に重量感のあるカメの置き物があった。
うちのカメよりも大きく、ゾウガメよりは小さい。
本来はたぶん香炉だ。でもそれをたぶん蚊取り線香入れとして使っている。
そしてさらにドアストッパーの役割もしている。
置き物自体もその使い方も非常にうらやましかった。

2017/08/11

白いテッポウユリ

京王の花屋さんで。
先週買ったランの花がとても保ちがよく、今週もランにしようかと思ったほど。
でもこの花もつぼみがいくつもあってお盆のあいだじゅう楽しめる気がする。


いま荒木経惟の写真の展覧会が開催されていて、その様子を辛酸なめ子が雑誌に寄せている(Link)。
でもその記事の内容が話に聞いている様子とぜんぜんちがって、さすが辛酸なめ子は視点が独自なんだなと思ったら、そうではなくて、考えていたのとは別の展覧会についての記事だった。
つまりいまアラーキーの大きな展覧会が、都内の二カ所でほぼ同時におこなわれているのだった...。

ナマのアラーキーは、「東京人生」という展覧会のロビーで一度目撃したことがある。
ほぼ10年前。
早くに亡くなってしまった陽子さんや可愛がっていたネコを写した作品をいま見たら、当時とはずいぶんちがう思いを持ちそうだ。

2017/08/04

モカラ

ひさしぶりに中道通りの花屋さんで。
夜なのでスタンドライトと一緒に。

7月下旬のすごい暑さに比べるとこのところ気温が低い。
おとといの東京は軽井沢とおなじ気温だった。

2週間前に買ったクルクマがドライフラワーになりつつある。
切り花をドライフラワーにするには逆さに吊したり乾燥剤を使ったりといった方法があるようだけど、そういうことをしなくても水をじょじょに減らしてゆくだけで、元の形が保たれたままうまく花が乾燥してくれることがある。
アジサイとスターチスがそうだった。そして今回のクルクマ。
なんとなく傾向があるようなないような。
きょうの花はたぶんドライフラワーにならない。

2017/07/28

オレンジのユリ

井の頭公園のそばの花屋さんが6月で閉店してしまい、おなじ場所で別の花屋さんが新たに営業していた。居抜きというやつか。
オレンジ色のユリがほしいという少し前の気持ちがまだ続いていたので迷わずこれにした。

きょうは iPhoneで撮影してみた。
いつもはやや古いデジタル一眼カメラで撮影している。レンズの大きさが違うからまだカメラの方が有利と思っている。実際はどうだろう。

どんな人にも何かしら欠点はある、でも花にはそれがない、花のココがダメ、あそこがよくないというのはなくて、だからどんな花も完璧な存在。
という光浦靖子の名言があるけれど、
どんな飾り方、写し方をしてもその完璧さが維持されるかというと全くそんなことはなく、撮影には毎回わりと苦労してる。

2017/07/22

クルクマのブーケ

青山フラワーマーケットで。

先週の花は部屋の暑さですぐに萎れてしまった。
夏のあいだは、家に人がいないときには花を冷蔵庫に入れておくべきなんじゃないかと本気で思った。

なので今回は暑さに比較的強い花にしてみる。たしかおなじ理由で去年の今頃にもこの花を買ったはず。ココに記事を書きはじめる直前のことだ。


国立近代美術館ではじまったばかりの「日本の家」を見てきた。
ローマとロンドンでの巡回を経てきた大掛かりな展覧会。
日本の家という言葉からは、昔の日本家屋とか、サツキとメイの家みたいなのを思い浮かべちゃう。
でもそういう例えば江戸東京たてもの園で感じるようなノスタルジックさはない。

第二次世界大戦後から現在までのさまざまな住宅が数多く集められ、
それをクロニクル的ではなく図鑑のように見せてゆく。
わりと長い時間滞在してしまった。

2017/07/15

バラのブーケ

京王の花屋さんで。

気象予報士の誰もが梅雨は終わっていると言っているのに気象庁は梅雨明けを発表しない毎日。きつい暑さが続くので涼しい色合いのブーケにしてみた。


将棋の藤井四段が大相撲名古屋場所の中入り後に観戦にあらわれたときの場内の様子がすごかった。
多くの観客の視線は土俵から離れ、
実況のアナウンサーも一瞬気をそらせ、
ざわついた雰囲気のなかはじまった取り組みはどちらの力士が勝利したかすっかり関心の外に追いやられていた。
相撲中継なんてめったに見ない自分がそのときたまたまテレビを点けていたことも含めてハプニングこそスリルだなあと思った。

2017/07/08

モカラ

青山フラワーマーケットで。

オレンジ色の花がほしい、できればヤマユリ。とめずらしく明確なイメージを持って花屋さんに行ったけどなかったのでお店でいちばんオレンジ色の花を買ってきた。
ランの仲間らしい。

そしてきょうはいつもとちがう部屋で撮影してみる。
ちょっとウィリアム・モリスっぽい壁紙のこの部屋は和室。リフォームで凝ってしまい、うちは部屋ごとに壁紙がちがう。

リビングに風鈴をぶらさげている。
窓からかなり奥の位置にあるので自然の風で鳴ることはまずなく、
サーキュレーターの角度の加減で忘れた頃に音を立てる。
コーネリアスのニューアルバムを聴いていたらたまたま風鈴が何度か鳴り、驚いたのはいつどんなタイミングで風鈴の音がしてもそれが曲の邪魔にならずそれどころかマッチしてしまうこと。
そういえばコーネリアス自身が、風鈴の音色だけで30分なんていうアンビエントな曲を作っていたのを思い出した。


2017/06/30

アジサイ

京王の花屋さんで。
後ろの白い壁に色がついているのは外の夕空にデジカメが反応したせい。
「長持ちします」という宣伝文句が魅力的だったトロピカルブーケにしようかけっこう迷った。
しかし梅雨真っ最中のいまの時期アジサイしかないのでは。


今週は六本木の21_21で「そこまでやるか」を見てきた。
英語タイトルは How Far Will You Go?
むかし「どこまで行けるか」(How Far Can You Go?)という英国の小説があったけどそれと単語がひとつちがうだけ。

高さ40mの教会とか全長3kmの彫刻といった作品の展覧会なので現物の多くは会場にはなく、模型や映像やスケッチが展示されてる。

巨大なインスタレーションを製作することは、
それまで見慣れた風景を一変させ異化効果を作り上げるところにいちばんの意義があるのだといままでずっと思っていた。
でも本当はそれよりも、プロジェクトを実現に導くため行政レベルから地域住人までアートと無関係のおおぜいの人たちをまきこんだ活動そのものにこそ意味あるのだと気づいたことがこの展覧会の自分にとっての収穫。

2017/06/24

センニチコウ(とスターチス)

スターチスを括弧に入れたのはドライフラワーだから。

センニチコウは漢字で書くと千日紅。
アトレの花屋さんで買ったときはそうは思わなかったんだけど
うちに持って帰って飾ったらかなり地味で、
以前買って自然にドライフラワー化したのでとっておいたスターチスも一緒に盛ってみた。
どんなものだろう。

吉祥寺に魚真という居酒屋さんがある。
東急デパートの裏手にあって、むかし吉祥寺に遊びに来たときたしか一度入ったお店。
いまは吉祥寺の住人なので駅に行くときふつうに前を通る。
入り口に花が活けてあり、切り花なので定期的に新しくなっている。
木箱にざっくり活けてあるところに親近感がわく。
毎週花を買っているので、だいたいどれくらいの値段の花束か見当つくようになったのも面白い。

ふだん人がどういう風に花を飾ってるかを見る機会って実はあまりないなと思った。


2017/06/17

キキョウ

井の頭公園の近くの花屋さんで。
縁の広い器にざっくりと生けてみた。
花よりもつぼみが多い状態なので、全部咲いてくれるとうれしい。

梅雨になったけど東京は晴れの日が続いている。
でもきのうは天候が不安定で、晴れ・曇り・雨の入れ替わり方がUSJのアトラクションのようだった。

このブログに記事を書くときいつも今週は何をしたかなと振り返るんだけど、
今週おもしろかったのはカニエ・ウェストが日本にひそかに観光?に来て、
そのうつろな表情がSNSにアップされまくったことくらい。
それくらいあまり何もなかった。
何もないんじゃなくて単に自分が停滞しているだけ。


2017/06/10

ダリアとラン

京王の花屋さんでダリアを買って、先週のランがまだ萎れていないので一緒に飾ってみた。
鮮度保持剤に頼るよりも毎日水替えをする方が花は長持ちする気がする。
これから暑くなるとわからないけど。


先月になってしまうけどシアタートラムで「黒塚家の娘」を見てきた。
日本には能と歌舞伎という二つの大きな伝統芸能があって、
現代の劇作家たちはそれらをたびたび参照するわけだけど、これもその一本。
原作の「黒塚」は能の三鬼女と呼ばれている演目のひとつ。
残りの二本は三島由紀夫がすでに翻案済み。

なんていう解説じみたことはわりとどうでもよくて、
主役はジャニーズ。共演の渡辺えりと高橋克実のたいへん場慣れした演技で客席は終始リラックス。
「世にも奇妙な物語」の1エピソードを見たような楽しい気分で劇場をあとにしたのだった。

2017/06/03

ランのブーケ

西武池袋線の練馬まで行く用事があったので帰りに渋谷園芸に寄った。
渋谷園芸は住宅街の中にあるお店だけど都内屈指の園芸店で、
少し前にリニューアルしてさらにパワーアップしていた。

花が咲き乱れ蜂が飛ぶ楽園のような店内をわりと長い時間見て歩いたけど
結局鉢植えじゃなく切り花を買って帰宅。先週に続いてラン。
花器はおニュー。ガラス製じゃないのがひとつ欲しいと思っていて吉祥寺の菊屋で見つけた。


今週はインドの芸術家、N・S・ハルシャの展覧会に行ってきた。
夜の森美術館は日本の若者と外国人観光客の若者しかいなくてクールな印象。
六本木ヒルズの最上階にあって、展望フロアと合体しているから平日の夜10時まで営業できるんだと思う。

ヒルズにのぼるのはもう何度目かだし、それに一人だし、
展覧会場を出てさっさとおりてきてしまったけど、

「宇宙から夜の地球を見た時、世界は大きな闇と、偏在する灯りの塊に見える。その灯りの塊の最も大きなものが、東京を中心とした輝きである。」

という、日本の政治団体のステートメントにしては詩的であることが印象に残る
都民ファーストの会綱領をなんとなく思い出し、
この3年くらい高いところにのぼってないし
地球の最も大きな灯りの塊を少しくらい見下ろしてきてもよかったかなと思った。

2017/05/27

アランダ

井の頭公園のそばの花屋さんで。
ランの仲間。こうして一輪挿しにするのがいちばん部屋におちつくのではと思う。


今週は開催されたばかりのダヤニータ・シンの写真展を見に東京都写真美術館に行ってきた。
最近インドの美術になんとなく興味があるし(このブログのヘッダ画像にしているのは18世紀のインド絵画。「ラーマーヤナ」の一場面らしい)、
それに組写真を見るのももともと好きだし、
という程度の好奇心で出かけたのだけど...

作品の展示方法が変わっていて、
美術館におきまりの仕切りや通路や順路はすべて取り払われて
会場全体がひとつのオープンな空間になっていて、
写真の展示というよりインスタレーションに近いものがあった。

もしここに2時間いたら、自分の中で何かが生まれそうな予感がした。
でもこらえ性がなく30分で出てしまった。

2017/05/20

アジサイのブーケ

京王の花屋さんで。
アジサイは町のいたるところにあるし、街路樹のそばに植えられていることもあるし、うちのベランダにもある。
日本は桜ではなくアジサイの国なのではと思うときがある。


テレビでヒッチコックの「鳥」を見ていたら、前半、主人公の運転する自動車が海のそばの曲がりくねった一本道をゆくロングショットが、伊豆の海沿いの景色になんとなく似ていることに気づいた。

伊豆半島にドライブに行くようになったのは去年からで、長い間つきあっていた女性が亡くなり、そのお葬式を下田の海でおこなったのがきっかけだ。
クルマを手に入れたばかりで長距離の運転に自信がなくて、はじめは電車で行こうかと思ったほどだったけど、当日いざ出発すると優秀なカーナビのおかげでそれほど苦もなく現地に到着。

海岸線に沿った曲がりくねった道をほぼノンストップで、真横に広がる海と前方に次々とあらわれる山をながめながら自動車を走らせてゆく、その解放感と自由な気分はこれまで経験したことのないものだった。

それ以来何度も伊豆半島に行くたびに、こうして好きなときに好きな場所に行ける自由と、空と海のきれいさを感じられることに幸せを感じる。

「鳥」はカリフォルニアのボデガ湾というところでロケ撮影されたようだ。
半世紀以上前の映画だけどストリートビューで現地を見るとなんかほとんど変わってない気がする。
伊豆と雰囲気が似ているのは、たぶん共に火山活動によって形成された土地だからじゃないかと思う。カリフォルニアも地震が多いらしい。

2017/05/12

デルフィニウムとブルーファンタジア

二種類の花を組み合わせてみた。
デルフィニウムは1月にも買った花で、そのときのはピンク色で緑色の点がある種類だった(link)。きょうのはブルーで紫色の点。
ブルーファンタジアはスターチスの一種で、紫色のかすみ草と考えればよいらしい。
デルフィニウムのつぼみの白さで全部で三色に見える。

飾ってみたけれど...どちらも小ぶりな花なのでなんとなく主役不在感がある。

花びらのクローズアップ。

2017/05/05

シャクヤク

京王の花屋さんで。
母の日を間近にひかえカーネーションが大量入荷中。レジまでたどり着けないほどだった。
シャクヤクは3月にも買った花。でもそのときのと今日のとはたぶん品種がちがう。

5月に入ってすでに5日目だけど先月の終わりからずっとゴールデンウィークなので
非常にとりとめなく日が流れている。

先週は国立近代美術館に行ってきた。
企画展では茶碗を見るシニアのお客さんたちの熱心さに圧倒。
所蔵作品展ではいまの日本の風景を撮影したフォトグラファーの作品が良く、
ああこういう現代の作品をもっと見たいなと思った。

2017/04/29

バイカウツギ

漢字で書くと、梅花空木。
この漢字四文字の字面の源氏物語感というか花札感は相当なものだと思う。

アジサイの仲間で白い花が咲くらしい。
でも買ってきた花束にはまだ一輪も花が咲いていない。

お店には色とりどりの花が並んでいるのに、なんでわざわざ完全つぼみ状態の花束をよく買ってしまうのかなと思うけど、たぶん店先で緑色だけの花束を見ると自分の中の観葉植物好きが発動するんだと思う。

うまく花が開いたら写真を追加するつもり。

2017/04/21

カンパニュラ

別名、風鈴草。

アトレの花屋さんで。
ピンク色のほかに白と紫があってどれにするかちょっと迷った。

先週は東京芸術劇場で「ハムレット」を見て、その5日後に吉祥寺の映画館で「リチャード三世」を見た。
後者はナマの演劇ではなくライブビューイングだったけど、シェイクスピアの芝居を1週間で2本見たのははじめて。
「罪と罰」と「カラマーゾフの兄弟」を連チャンで読むような感じかもしれない。

古典文学はある程度年をとったほうが絶対楽しめるとおもう。
それなのに古典を読む体力は若いときにしかないところが矛盾してる。

2017/04/14

バラとツバキ

青山フラワーマーケットで。
たまたまニホンバラ祭りというイベントをやっていて、
はっぴを着た男性店員が店先でがんばって売っていたのにつられて買った。
ツバキと組み合わせてあるのが面白いと思う。
和の雰囲気。

花束を包んでいた金色の紙がきれいだったので背景に置いてみた。


6日後。

2017/04/05

コデマリとカラー

濃い色の花がつづいたので白系のものを買おうと決めていた。
花屋さんに行ってなんとなく目についたのがコデマリ。でも全体に対して花の量がものたりなく感じられる。
そこでお店の人に聞いてカラーと組み合わせることにした。
どんなものだろう。

あたたかくなってくると、冬のあいだ閉めきっていた和室とウォークスルークローゼットを開放する。
玄関廊下からキッチンに直接入ることのできるいわゆる勝手口も使えるようにする。
部屋が突然増えて、家の中の動線も変化。
いやがおうにも気分は変わる。
京の町家の建具替えを気取っているわけじゃなく、広い家をもてあまし気味なだけ。

2017/03/28

シャクヤクの開花

つぼみの状態のシャクヤク(link)を買ってほぼ10日。
傷まないように毎日水替えし、
つぼみからにじみ出てくる蜜をその都度ふきとっていたら、ついに開花。
4、5日で咲きますよと花屋さんは言っていたのでもう咲かないかと思っていた。

2017/03/24

ミモザ

一週間前に買ったシャクヤクの花がまだ咲かない。
つぼみはやや膨らんできてはいるものの堅いままで
これはもうダメなんじゃないか。

切り花的にはまだ活きがよいのだ。茎の切り口も傷んでないし。
でもその生命力は花を咲かせるのとは別の方面に使われている感がある。
葉脇から新しい花芽がいくつも出てきてそれが育ちはじめてて...

切り花というよりも花壇で植物を育てている気持ちで毎日見ている。

今回はさすがにちゃんと咲いている花束を買ってきた。
少し前にも買ったけどいまの時季のものなので。


花粉症を恐れて引きこもり気味。必要最低限しか外出していない。

2017/03/17

シャクヤク

また堅いつぼみの状態の花束を買ってしまった。
果たしてうまく咲いてくれるか。シャクヤクで検索すると「シャクヤク つぼみ 咲かない」という候補が上位に出てきて不安がある。
どうすればつぼみが開きやすいかいちおう教えてもらってはきたけれど。

今月のはじめに新国立劇場で「白蟻の巣」を見てきた。
昭和の戯曲をいまの若手演出家によって上演してみようというシリーズの一作。
第一弾が三島由紀夫で、そのあと安部公房、田中千禾夫とつづく。

ひとつの屋敷で暮らす二組の夫婦による会話劇。
三島由紀夫のセリフはふつうの話し言葉ではなく、
いちいちカッコつけていて比喩なども凝っており、
でもそれにこだわりすぎるとなんとも堅苦しくお芝居お芝居した舞台になってしまうのだけど、
今回の上演ではとにかくテンポよく、そして生々しく、ちょうど今の英米演劇のように見ることができた。
演出の谷賢一は出身大学が同じということもあり気になる存在。

2017/03/10

ラナンキュラス

井の頭公園のそばの花屋さんで。
1時間くらい水揚げしてみたあとに撮影。

先日リバイバル上映された「レッドタートル」を見てきた。
オランダの監督によるアニメーション。
せりふがなく登場するのは男と女とかめ。象徴的とも寓話的ともちがう、強いていえばマジック・リアリズムな作品だった。

うちにいるギリシャリクガメは、19年前に東急本店のペット売り場で買った(正確には買うとき一緒にいた)。
手のひらに乗るくらいのちっちゃな子がめで、ゼンマイで動くおもちゃみたいだった。
大人になったいまもメカっぽい。

ガルシア・マルケスの「コレラの時代の愛」に屋敷の中に放し飼いされたカメが出てくる。ふだんは家のどこにいるかわからなくて、何ヶ月かにいちど姿を見かけることがある、みたいな描写があってウケた記憶がある。
夏になればうちも放し飼い。スピードはゆっくりだけど思わぬ移動距離でどこにいっちゃったか家中探しまわったりする。

2017/03/02

ミモザ

早春を告げる花。青山フラワーマーケットで。

連日寒い。でもいまごろは昔からこんなものだと思う。
お花見も寒くて震えた記憶がとても多い。

うちには床暖房の設備があって、冬のあいだはほぼ点けっぱなしにしている。
スイッチを入れるのはだいたい10月の終わり頃で、切るのは3月の終わり近く。
つまり1年のうち半分は暖房をつけているわけで、ここは北国かと思う。


2017/02/21

スプレーカーネーション

井の頭公園のそばの花屋さんで。

まだ全然つぼみ。もっとちゃんと咲いてる花を買ってくればよかったと家に帰ってから思った。花が開いたら写真を追加するつもり。
ちなみに前回買ったキンギョソウは10日たったいまもだいぶ茎を短くしたけどまだ咲いている。

みぞれが降り、昼間の気温が2、3度しかなかった寒い日、銀座に行き、資生堂ギャラリーで吉岡徳仁の作品を見て、そのあとポーラミュージアムアネックスで青木美歌の作品を見てきた。
ふたつのギャラリーは800mくらいしか離れていなくて、しかもおなじ銀座中央通りにある。普通だったら歩くにきまってるけど、山手線と有楽町線を乗り継いで大がかりに移動。
引っ越してわかる、網の目のように張りめぐらされた都心の地下鉄の便利さ。

3日後。


2017/02/10

キンギョソウ

井の頭公園のそばの花屋さんで。
むかし世田谷に住んでいた頃、ベランダに置いてあった鉢にいつのまにか変わった植物が生えてきて、
抜かないで育てていたら白っぽい小さな花が咲き、
その形からどうやらキンギョソウだということがわかった思い出がある。
もちろんこんなに大きくはならなかったけど。

誕生日が近づいて、運転免許証の更新をした。
免許を取ったのは25年前だけど、実際に運転をはじめたのは1年半前。
一生ペーパードライバーでいるつもりだった。
でもいまいちばん楽しいのが自動車を運転しているときだったりする。

2017/02/02

白いフリージア

キラリナの花屋さんで。
もう少し茎を短くした方がバランスよい気もする。

去年のちょうど今頃のことなのだけど、飼っていたねこが死んでしまった。
内臓に重い疾患が見つかり、1年近く病院に通い入院も何回かしたのだけど結局わずか5歳で永眠。
いまどきのねこは15年は余裕で生きるものと思いこんでいたから、こんなにも早く死んでしまうとは、と唖然とした。

もしもねこがまだ生きていたら…
たぶん花を部屋に飾る暮らしはしていないと思う。
なぜならねことは家のあらゆる棚に飛び移り置いてあるものを倒したり落としたりしまくる生き物だから(実際、飼ってたねこはペットボトルをテーブルに置いておくと必ず意味もなく倒してた)。
花瓶を倒されてたらいやだなと思いながら外出していても気分が落ちつかないだけだし。

家に花を飾るのはグリーフワークとして役に立ってると自分では考えていて、
しかしそれは共に暮らしていたねことの別れによって可能になっているというのはちょっと皮肉だと思う。