中道通りの花屋さんのワンコインブーケ。
品揃えがお正月モードに完全に切り替わってしまう前に。
自分へのホリデーギフトにペーター・ヴァン・デン・エンデの「旅する小舟」を買った。文字のひとつもない絵本で、ショーン・タンの「アライバル」をすぐに思い出した。不思議な生き物がいっぱい出てくるところも共通点があると思う。
9月に母が亡くなってからよく思い出すことが二つあって、ひとつはE・M・フォースターの次の言葉。「一つの死はそれ自身は説明できても、別の死の理解には役立たない」。
もうひとつは、三國連太郎が自分の死後に海への散骨を希望していたにもかかわらず、息子の佐藤浩市は父のお骨をお寺に納骨してしまったというエピソード。
とりあえず一輪、先週の白い花と一緒にベースに飾ってみる。
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今年になって grief dramaという表現を知り、この数年、自分が執着していたドラマの総称はこれだったのか...と思った。簡単にいうと、家族や身近な人を失い、遺された人がそこから立ち直るドラマのことである。
日本語で grief drama に相当するフレーズはたぶんないと思う。「喪失と再生の物語」とでもいうか。でも grief dramaのようなネーミングのスッキリ感はない。「泣ける話」とか「感動ストーリー」みたいな漠然とした説明で、他のものと明確な区別をされていないと思う。
この数年で読んだり見たりしたグリーフ・ドラマの要素が強い作品。
ウィリアム・H・メイシー「君が生きた証」
ジャン=マルク・ヴァレ「わたしに会うまでの1600キロ」
ショーン・レヴィ「あなたを見送る7日間」
フランソワ・オゾン「彼は秘密の女ともだち」
ヨアキム・トリアー「母の残像」
西川美和「永い言い訳」
ジャン=マルク・ヴァレ「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」
デヴィッド・フランケル「素晴らしきかな、人生」原題は COLLATERAL BEAUTY
オリヴィエ・アサイヤス「パーソナル・ショッパー」
松永大司「ハナレイ・ベイ」
ケネス・ロナーガン「マンチェスター・バイ・ザ・シー」
ジュリアン・バーンズ「人生の段階」
シーグリッド・ヌーネス「友だち」
湯浅政明「きみと、波にのれたら」
パブロ・ラライン「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」
コルネル・ムンドルッツォ「私というパズル」
ヤマシタトモコ「違国日記」
この中でどれかひとつを選ぶなら「人生の段階」。リストにして気がついたんだけどジャン=マルク・ヴァレの映画が2本ある。この監督は何かこだわりがあると見た。ソナーリ・デラニヤガラ「波」もそのうち読んでみたいと思っている本のひとつ。
花を球根から育てたのは去年につづいて2回目。球根栽培をしてわかったのは、冬から春になるのがすごく楽しくなるということ。それまでは木の芽時で鼻の奥がむずむずする憂鬱さの方がまさっていた。
花瓶の下にあるのは先週買ったばかりの写真集。位置的にちょっと危険。
自分の本棚をなんとなく見ていて、2015年より前に買った本が一冊もないことに気がついてちょっとびっくりした。捨てちゃったみたいだ。
もともと読み終わった本はあまりとっておかないし、それに2014年には引っ越しでかなりたくさんの本を処分した記憶はある。でもそれにしても...と思った。