中道通りの花屋さんで。
茎を短く切って、ちょうどいい花器がなかったのでグラスに生けてみた。
フィラデルフィア美術館のブログをよく見る。
美術館の所有する作品を紹介する記事が主体で、写真だけで文字がほとんどなく、写真の数も少ないのが好み。
PHILADELPHIA MUSEUM OF ART(link)
何がきっかけで見はじめたのかは忘れちゃったけど、自分のこのブログのヘッダ用に拝借したインドの絵もフィラデルフィア美術館ブログで知ったくらいなのでもう3年以上前からずっと定期的に見つづけていることになる。
そのブログで、あきらかに日本人らしき人たちが何人も写っている画像が公開されていて、何かと思ったら東京国立博物館でひらかれている「マルセル・デュシャンと日本美術」展を紹介する記事であった。(link)
所蔵しているデュシャンの作品を貸し出しているとのこと。
国内の展覧会のことを海外ブログで知るというインターネット的ともいえる出来事に刺激されるものがあって展覧会にいってきた。デュシャンはチェスにハマったり、女装して別の人格になったりといった数々のエピソードがおもしろく、ときには展示された作品よりもそちらのおもしろさの方が上回っていたけれど、回顧展というのは作品とともに人物像をも鑑賞するものなのでむしろそれでいいのかもと思った。
2018/10/13
バラとエリンジウム
中道通りの花屋さんで。
日没まであと30分の明かりのもとで撮ってみた。
ゆうべは新国立劇場でカミュの「誤解」というお芝居を観てきた。
ホテルに一人で泊まりにくる客を殺しては金品を奪い取る暮らしをしている母娘のところに、都会で成功した息子が何十年ぶりかに戻ってくる。
彼は母親と妹を驚かせたくて自分の素性を伏せてホテルに宿泊してしまう...。
という出だしからだいたい想像がつくとおりの展開で、
いまでいえばイヤミスという言葉があてはまりそうな結末に、そういえばカミュの代表作「異邦人」も読んだあとひどく暗い気分になったなあと思い出した。
今年は6本の舞台作品を見て、12月にあと1本を見て終わりなのだけど、そのうち4本が新国立劇場のお芝居なので友の会に入ってもいいんじゃないかなと思っている。
日没まであと30分の明かりのもとで撮ってみた。
ゆうべは新国立劇場でカミュの「誤解」というお芝居を観てきた。
ホテルに一人で泊まりにくる客を殺しては金品を奪い取る暮らしをしている母娘のところに、都会で成功した息子が何十年ぶりかに戻ってくる。
彼は母親と妹を驚かせたくて自分の素性を伏せてホテルに宿泊してしまう...。
という出だしからだいたい想像がつくとおりの展開で、
いまでいえばイヤミスという言葉があてはまりそうな結末に、そういえばカミュの代表作「異邦人」も読んだあとひどく暗い気分になったなあと思い出した。
今年は6本の舞台作品を見て、12月にあと1本を見て終わりなのだけど、そのうち4本が新国立劇場のお芝居なので友の会に入ってもいいんじゃないかなと思っている。
2018/10/06
2018/09/29
ダリア
井の頭公園のそばの花屋さんで。
赤い方のダリアは秋田県が産地で、ナマハゲパッションというインパクトのある名前。ほとんどそのネーミングで買ってしまったようなものだけど、でもとても綺麗な花。
三軒茶屋のパブリック・シアターで「チルドレン」を見てきた。
東日本大震災で福島の原発がメルトダウンを起こしたとき、かつてその原発で働いていた技術者たちが事故処理作業に志願するという出来事があった。
作業中にもし被曝したとしても健康に被害が出はじめるのは10年20年先であり、人間の寿命を考えると、老年に達した自分たちの方が、若者・壮年たちよりもふさわしいのではないかという理屈が志願の根底にあったようだ。
「チルドレン」はこのことをもとにした演劇。
実話を元にしているのだけど作品の舞台はイギリスで、三人の登場人物は全員イギリス人。なぜなら作者はイギリス人だから。
でも日本の話を外国に移し替えたのだなとはお芝居を見ていて感じなかった。
原発事故は日本以外でも起きているし。
これは世界共通の問題なのだ。
一軒の家の居間が舞台で、大きな窓から射しこむ光が1時間50分の間に昼からゆっくり夕方になってゆく。
時間の飛躍も場所の移動もないオーソドックスな作劇の舞台。
赤い方のダリアは秋田県が産地で、ナマハゲパッションというインパクトのある名前。ほとんどそのネーミングで買ってしまったようなものだけど、でもとても綺麗な花。
三軒茶屋のパブリック・シアターで「チルドレン」を見てきた。
東日本大震災で福島の原発がメルトダウンを起こしたとき、かつてその原発で働いていた技術者たちが事故処理作業に志願するという出来事があった。
作業中にもし被曝したとしても健康に被害が出はじめるのは10年20年先であり、人間の寿命を考えると、老年に達した自分たちの方が、若者・壮年たちよりもふさわしいのではないかという理屈が志願の根底にあったようだ。
「チルドレン」はこのことをもとにした演劇。
実話を元にしているのだけど作品の舞台はイギリスで、三人の登場人物は全員イギリス人。なぜなら作者はイギリス人だから。
でも日本の話を外国に移し替えたのだなとはお芝居を見ていて感じなかった。
原発事故は日本以外でも起きているし。
これは世界共通の問題なのだ。
一軒の家の居間が舞台で、大きな窓から射しこむ光が1時間50分の間に昼からゆっくり夕方になってゆく。
時間の飛躍も場所の移動もないオーソドックスな作劇の舞台。
東日本大震災から3年後の2014年に山田太一脚本の「時は立ちどまらない」という2時間ドラマが放送され、当時は震災を題材にフィクションを作ることがいまよりずっと特別な意味合いをもっていたのでわりと真剣に見てしまった。
お芝居を見たあとでそのときのことをちょっと思い出してしまった。
2018/09/15
ミニバラ
中道通りの花屋さんで。
花びらをめくってもめくっても花芯の見えないバラの花を、扉をあけてもあけても無限に部屋が続くヨーロッパのお城にたとえた開高健のエッセイを思い出して、
花を正面から覗きこむように撮ってみた。
今週は新国立劇場に「出口なし」を見にいった。
哲学者であると同時に劇作家や小説家でもあったサルトルの戯曲の舞台化。
「地獄とは他人のことだ」という劇中のセリフが作品と独立してよく語られていることを考えると、サルトルの代表作といってもいいかもしれない。
窓がなく明かりを消すこともできない部屋から出ることのできない三人の男女が、そこで永遠の時間を過ごす話。
その部屋とは地獄であり、つまり三人はすでに死んでいるのだけど、三人ともそうは感じさせない生々しいキャラクター。
三人の俳優さんのうちのひとりは大竹しのぶで、外国の映画スターにたとえればメリル・ストリープ級の女優さんを小さな劇場で見ることができてとても楽しかった。
しかししかし、それとは別に今回のお芝居でもっともインパクトがあったのは、
舞台装置が、天井から床までの真赤なカーテンと白黒の床、つまり「ツインピークス」の赤い部屋をそっくり再現していたこと。
その大胆としか言いようがない引用の仕方は、スピルバーグの最新作「レディプレイヤー1」で「シャイニング」のオーバールック・ホテルが大々的に引用されていたのを彷彿とさせるものがあり、もし終演後にティーチインがあったならそのことについて質問したい、とそんなことさえ思ってしまったのだった。
花びらをめくってもめくっても花芯の見えないバラの花を、扉をあけてもあけても無限に部屋が続くヨーロッパのお城にたとえた開高健のエッセイを思い出して、
花を正面から覗きこむように撮ってみた。
今週は新国立劇場に「出口なし」を見にいった。
哲学者であると同時に劇作家や小説家でもあったサルトルの戯曲の舞台化。
「地獄とは他人のことだ」という劇中のセリフが作品と独立してよく語られていることを考えると、サルトルの代表作といってもいいかもしれない。
窓がなく明かりを消すこともできない部屋から出ることのできない三人の男女が、そこで永遠の時間を過ごす話。
その部屋とは地獄であり、つまり三人はすでに死んでいるのだけど、三人ともそうは感じさせない生々しいキャラクター。
三人の俳優さんのうちのひとりは大竹しのぶで、外国の映画スターにたとえればメリル・ストリープ級の女優さんを小さな劇場で見ることができてとても楽しかった。
しかししかし、それとは別に今回のお芝居でもっともインパクトがあったのは、
舞台装置が、天井から床までの真赤なカーテンと白黒の床、つまり「ツインピークス」の赤い部屋をそっくり再現していたこと。
その大胆としか言いようがない引用の仕方は、スピルバーグの最新作「レディプレイヤー1」で「シャイニング」のオーバールック・ホテルが大々的に引用されていたのを彷彿とさせるものがあり、もし終演後にティーチインがあったならそのことについて質問したい、とそんなことさえ思ってしまったのだった。
2018/09/08
登録:
投稿 (Atom)






