2018/05/26

アジサイ

青山フラワーマーケットで。


人はなぜお祝いに胡蝶蘭を贈るのだろう?というNHKの番組(link)のなかで、又吉直樹が三島由紀夫の「獣の戯れ」の一節を朗読していた。

「その薄紫を刷いたペタルと、黄いろの地に紫の斑点を散らしたリップも共々に、何だか、美の病気ともいうべきものに罹った風情を見せていた。洋蘭には多かれ少なかれ、そういう感じがあった」

ランを「美の病気」と形容するところがいかにも三島由紀夫ですね、という感じで、テロップもその箇所だけ赤く強調。
たしかに三島由紀夫は耽美な作家だけれど、一方で、花にあまり馴染みのない人には聞きなれない「ペタル」と「リップ」という単語を説明なしに使うところもまた氏の特徴なんじゃないかと思った。
三島由紀夫はペダントリーよりなによりボキャブラリーの人だと思う。

ところで番組を見るまでこの小説をずっと「ケダモノの戯れ」だと思っていた。
「けものの戯れ」と読むのが正しかったみたい。

2018/05/18

アジサイ

青山フラワーマーケットで。
暑くてじめっとした日にはこの花しかないと思って。まだ5月中旬なのだけど。


先週、なんとなく思いたって竹橋の国立近代美術館に行ってきた。
ちょうど横山大観の大回顧展が開催中。天気が悪かったので人があまりいないんじゃないかと期待したけど甘く、パンダのシャンシャンなみの人だかり。
特別展は斜め見で、所蔵展へ。マリメッコのプリントのような船田玉樹の日本画とか鈴木理策の組み写真を楽しんできた。

木の枝が風で揺れていてその様子が美しいと感じたとき、動画で残そうと安直に考えてしまう。でもシャッタースピードを遅くして枝だけブレている静止画として残すのもありなんだなといまさらながら思った。
iPhoneはシャッター速度を調節することはできないけど。

2018/05/11

ミニバラ

中道通りの花屋さんで。
2週つづけて真っ白な花。


このあいだ献血に行ってきた。が...
採血前のチェックでは血圧もヘモグロビンの値もとくに問題なくて、血を取りはじめたところ、直後にやむをえない事情でストップ。
なんと献血はおこなわれず。
赤十字のスタッフにあやまりまくられて帰ってきた。

実は1ヶ月くらい前にも献血をしに同じ献血ルームに行っていて、
そのときは施設に入ったとたん様子が何かへん。
ちょうど日赤がシステム障害を起こしている真っ最中で、しかもニュースで報道されてしまうほどの全国的なアクシデントで、受付自体をしてもらえず。
やはりスタッフにあやまられ献血をしないで帰ってきたのだった。

こうやって書くと献血ルームの設備や体制になにか問題があるかのようだけどたぶん全くそんなことはない。たまたま自分のときだけ採血がうまくいかなかったり間が悪かったりしただけだ。
けれども続けてこういう体験してしまうとなんとなく、貴方は献血しない方がいいんじゃないの? とどこかから誰かに言われているような気がしたのも事実。

献血、予想外にハードルが高かった。


2018/05/04

シャクヤク

昭和通りの花屋さんで。
はじめての店。吉祥寺には花屋がいっぱいある。

去年、すべてつぼみのシャクヤクの花束を買ったら花が咲くまでに10日くらいかかったことがあったので今回はつぼみは一輪だけにした。



先月の終わり新国立劇場で「1984」を見てきた。
原作はディストピアの代名詞ともいえるジョージ・オーウェルの超有名な小説。
何年か前にイギリス人の劇作家が脚色し、それを日本のスタッフとキャストが今回舞台化した。

「1984」をざっくりひとことで説明すると、恋愛すら禁じられている世界で未来のない逢瀬をくりかえす男女の話。
男性の方は体制に管理された生活に悩み、そんな悩みを持つ自分にも悩むわけだけど、女性の方は自分たちの反社会性をあまり意識せず、自分がうまく世渡りできさえすれば社会がどんなであっても特に気にしない。
その対比が可笑しく、だから「1984」は実際に読むとイメージされているほど深刻なだけの作品ではない。

井上芳雄とともさかりえの二人の演技は見ていて楽しかったし、演出も細やかだった。

舞台装置はgoogle画像検索で出てきたブロードウェイやロンドンのものと比べてもとりわけシンプルで、全体に知的なお芝居だった。

井上芳雄は3ヶ月前に見たお芝居では明智小五郎を演じていた。売れっ子だ。