井の頭公園のそばの花屋さんで。
先週のミニバラがまだ咲いている。先々週のジニアもまだ咲いている。ベランダでは白いサザンカも咲いている。というわけで、もしかして今週は花を買わなくていいんじゃないかなと思ったのが一日遅れた理由。
奈良美智の描くドラミちゃんがいい。ジャイアンにリボンをとられたドラミちゃんじゃない方の、赤いリボンがついてるドラミちゃんの絵だ。
実物を見に六本木ヒルズまで行きたいほど気になっている。
ドラえもんのパスティーシュというと一度雑誌に載ったきりたぶんどこにも収録されていない松本大洋の「ドラえもん」も強烈だった。実をいうとこの作品で松本大洋の魅力に気づかされた。それまで非常にクセのある絵を描く人としか思っていなかった。
その松本大洋の「ルーヴルの猫」という長編が発売になった。「漫画、9番目の芸術」と題したルーヴル美術館の企画のひとつ。美術館にひっそり暮らす猫たちを描いていて、どのページも猫、猫。
期せずして今月は猫を懐かしがる月間になっている。
2017/11/11
2017/11/04
2017/10/28
バラ
井の頭公園のそばの花屋さんで。
赤いバラを買ってきた状態で飾るとセレモニー感が出てしまうことが判明。
どうしようかなと思って葉を取って茎を短くしたらやわらかい雰囲気になった。
10月は新国立劇場で「トロイ戦争は起こらない」、東京芸術劇場で「リチャード三世」の二本の芝居を見た。
前者は鈴木亮平の演技を見るために、後者は主要スタッフが外国人でキャストがオール日本人というプロダクションの形態に期待して買ったチケットだった。
主要スタッフが外国人でキャストがオール日本人という形態は演劇にかぎらず映画でもそそられるものがあって、
たとえば監督がトラン・アン・ユン、撮影がリー・ピンビンで、出演者が松ケンや菊地凛子の「ノルウェイの森」はフジテレビ制作とはまるで思えない、テレビっぽさの全く感じられない作品でいまでもいくつかの場面を思い出すことがある。
お芝居の話に戻ると、演劇の公演というのは初日の2、3ヶ月前にチケットを買わないとならないので SNSの評判や口コミに頼ることができず、毎回賭けみたいなところがある。
なので、その作品のどこに自分は興味を感じるか毎回シビアに考えることになる。なんていうと仰々しいけど、たいていは好きな俳優が出ているか好きな作家(演出家)の作品だからかのどっちかだ。
赤いバラを買ってきた状態で飾るとセレモニー感が出てしまうことが判明。
どうしようかなと思って葉を取って茎を短くしたらやわらかい雰囲気になった。
10月は新国立劇場で「トロイ戦争は起こらない」、東京芸術劇場で「リチャード三世」の二本の芝居を見た。
前者は鈴木亮平の演技を見るために、後者は主要スタッフが外国人でキャストがオール日本人というプロダクションの形態に期待して買ったチケットだった。
主要スタッフが外国人でキャストがオール日本人という形態は演劇にかぎらず映画でもそそられるものがあって、
たとえば監督がトラン・アン・ユン、撮影がリー・ピンビンで、出演者が松ケンや菊地凛子の「ノルウェイの森」はフジテレビ制作とはまるで思えない、テレビっぽさの全く感じられない作品でいまでもいくつかの場面を思い出すことがある。
お芝居の話に戻ると、演劇の公演というのは初日の2、3ヶ月前にチケットを買わないとならないので SNSの評判や口コミに頼ることができず、毎回賭けみたいなところがある。
なので、その作品のどこに自分は興味を感じるか毎回シビアに考えることになる。なんていうと仰々しいけど、たいていは好きな俳優が出ているか好きな作家(演出家)の作品だからかのどっちかだ。
2017/10/21
ガーベラ
アトレの花屋さんで。
雨が続いているので明るく華やかな花にしてみた。
モランディの画集と並べて撮ってみたのは、イタリアの靴とバッグのメーカー、トッズの広告写真を見たせい。
ファッション雑誌に掲載されたトッズの広告写真(link)
まるでモランディの絵の中にトッズの商品がはいりこんだかのようだ。
引っ越しの記念に買った笹尾光彦の大きな絵にモランディの花瓶の絵が取り込まれていて、それを毎日毎日眺めて暮らしているせいでモランディについてはへんな思い入れをもってしまっている。昨年の展覧会にも行ってポストカードを買ってしまった。
うちにある笹尾光彦の絵(link)
ところで静物写真というのは、人やネコや風景を撮るのとちがって、よく撮れなかったら原因は100パーセント自分という感じがする。
雨が続いているので明るく華やかな花にしてみた。
モランディの画集と並べて撮ってみたのは、イタリアの靴とバッグのメーカー、トッズの広告写真を見たせい。
ファッション雑誌に掲載されたトッズの広告写真(link)
まるでモランディの絵の中にトッズの商品がはいりこんだかのようだ。
引っ越しの記念に買った笹尾光彦の大きな絵にモランディの花瓶の絵が取り込まれていて、それを毎日毎日眺めて暮らしているせいでモランディについてはへんな思い入れをもってしまっている。昨年の展覧会にも行ってポストカードを買ってしまった。
うちにある笹尾光彦の絵(link)
ところで静物写真というのは、人やネコや風景を撮るのとちがって、よく撮れなかったら原因は100パーセント自分という感じがする。
2017/10/14
2017/10/07
バラ
井の頭公園のそばの花屋さんで。
いつでも売っているのでかえって買わない花。だけどきょうは買いたい気分だった。
デリーラという種類。
カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞した。
映画にもなった「日の名残り」を読んだのは20世紀のことなのでそれについて書くのはそれこそ日の名残り的な回想になってしまうわけだけど、
老人が車で目的地に向かうという話の枠組みがベルイマンの「野いちご」と同じであることや、
最後に目的の人物に会うプロセスが漱石の「明暗」と重なること、
緊迫感とユーモア、人生に対する臆面もない肯定、
それらことごとくがツボにはまり、
読み終わって幸福感に包まれた(笑)記憶がある。
翻訳の土屋政雄の名をおぼえたのもこの小説。
エンディングの3ページくらいを書き写したテキストファイルはいまでもパソコンのハードディスクにある。
誰かに会いに行く話、という形式は「わたしを離さないで」でも踏襲されていて、著者はそれが得意なのかも。
いつでも売っているのでかえって買わない花。だけどきょうは買いたい気分だった。
デリーラという種類。
カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞した。
映画にもなった「日の名残り」を読んだのは20世紀のことなのでそれについて書くのはそれこそ日の名残り的な回想になってしまうわけだけど、
老人が車で目的地に向かうという話の枠組みがベルイマンの「野いちご」と同じであることや、
最後に目的の人物に会うプロセスが漱石の「明暗」と重なること、
緊迫感とユーモア、人生に対する臆面もない肯定、
それらことごとくがツボにはまり、
読み終わって幸福感に包まれた(笑)記憶がある。
翻訳の土屋政雄の名をおぼえたのもこの小説。
エンディングの3ページくらいを書き写したテキストファイルはいまでもパソコンのハードディスクにある。
誰かに会いに行く話、という形式は「わたしを離さないで」でも踏襲されていて、著者はそれが得意なのかも。
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