2018/09/29

ダリア

井の頭公園のそばの花屋さんで。
赤い方のダリアは秋田県が産地で、ナマハゲパッションというインパクトのある名前。ほとんどそのネーミングで買ってしまったようなものだけど、でもとても綺麗な花。


三軒茶屋のパブリック・シアターで「チルドレン」を見てきた。

東日本大震災で福島の原発がメルトダウンを起こしたとき、かつてその原発で働いていた技術者たちが事故処理作業に志願するという出来事があった。
作業中にもし被曝したとしても健康に被害が出はじめるのは10年20年先であり、人間の寿命を考えると、老年に達した自分たちの方が、若者・壮年たちよりもふさわしいのではないかという理屈が志願の根底にあったようだ。

「チルドレン」はこのことをもとにした演劇。
実話を元にしているのだけど作品の舞台はイギリスで、三人の登場人物は全員イギリス人。なぜなら作者はイギリス人だから。
でも日本の話を外国に移し替えたのだなとはお芝居を見ていて感じなかった。
原発事故は日本以外でも起きているし。
これは世界共通の問題なのだ。

一軒の家の居間が舞台で、大きな窓から射しこむ光が1時間50分の間に昼からゆっくり夕方になってゆく。
時間の飛躍も場所の移動もないオーソドックスな作劇の舞台。

東日本大震災から3年後の2014年に山田太一脚本の「時は立ちどまらない」という2時間ドラマが放送され、当時は震災を題材にフィクションを作ることがいまよりずっと特別な意味合いをもっていたのでわりと真剣に見てしまった。
お芝居を見たあとでそのときのことをちょっと思い出してしまった。

2018/09/15

ミニバラ

中道通りの花屋さんで。

花びらをめくってもめくっても花芯の見えないバラの花を、扉をあけてもあけても無限に部屋が続くヨーロッパのお城にたとえた開高健のエッセイを思い出して、
花を正面から覗きこむように撮ってみた。


今週は新国立劇場に「出口なし」を見にいった。
哲学者であると同時に劇作家や小説家でもあったサルトルの戯曲の舞台化。
「地獄とは他人のことだ」という劇中のセリフが作品と独立してよく語られていることを考えると、サルトルの代表作といってもいいかもしれない。

窓がなく明かりを消すこともできない部屋から出ることのできない三人の男女が、そこで永遠の時間を過ごす話。
その部屋とは地獄であり、つまり三人はすでに死んでいるのだけど、三人ともそうは感じさせない生々しいキャラクター。
三人の俳優さんのうちのひとりは大竹しのぶで、外国の映画スターにたとえればメリル・ストリープ級の女優さんを小さな劇場で見ることができてとても楽しかった。

しかししかし、それとは別に今回のお芝居でもっともインパクトがあったのは、
舞台装置が、天井から床までの真赤なカーテンと白黒の床、つまり「ツインピークス」の赤い部屋をそっくり再現していたこと。
その大胆としか言いようがない引用の仕方は、スピルバーグの最新作「レディプレイヤー1」で「シャイニング」のオーバールック・ホテルが大々的に引用されていたのを彷彿とさせるものがあり、もし終演後にティーチインがあったならそのことについて質問したい、とそんなことさえ思ってしまったのだった。

2018/09/08

キク

青山フラワーマーケットで。

きょうはキクを買おうとお店に行く前から決めていた。なぜなら明日が重陽の節句だから。

吉祥寺はこの土日が秋祭りで、ただでさえ混んでる駅前は大騒ぎ状態。
でも日暮れになるとすうっと人が減って地元民っぽい人たちだけになる。
こういうところが地方の街だなあと思う。

2018/09/01

バラ

井の頭公園のそばの花屋さんで。

9月最初の週はスペシャルウイークなので、部屋に飾るためではなく誰かにプレゼントするような気持ちで花を買ってみた。