2017/10/28

バラ

井の頭公園のそばの花屋さんで。
赤いバラを買ってきた状態で飾るとセレモニー感が出てしまうことが判明。
どうしようかなと思って葉を取って茎を短くしたらやわらかい雰囲気になった。


10月は新国立劇場で「トロイ戦争は起こらない」、東京芸術劇場で「リチャード三世」の二本の芝居を見た。
前者は鈴木亮平の演技を見るために、後者は主要スタッフが外国人でキャストがオール日本人というプロダクションの形態に期待して買ったチケットだった。

主要スタッフが外国人でキャストがオール日本人という形態は演劇にかぎらず映画でもそそられるものがあって、
たとえば監督がトラン・アン・ユン、撮影がリー・ピンビンで、出演者が松ケンや菊地凛子の「ノルウェイの森」はフジテレビ制作とはまるで思えない、テレビっぽさの全く感じられない作品でいまでもいくつかの場面を思い出すことがある。

お芝居の話に戻ると、演劇の公演というのは初日の2、3ヶ月前にチケットを買わないとならないので SNSの評判や口コミに頼ることができず、毎回賭けみたいなところがある。
なので、その作品のどこに自分は興味を感じるか毎回シビアに考えることになる。なんていうと仰々しいけど、たいていは好きな俳優が出ているか好きな作家(演出家)の作品だからかのどっちかだ。

2017/10/21

ガーベラ

アトレの花屋さんで。
雨が続いているので明るく華やかな花にしてみた。

モランディの画集と並べて撮ってみたのは、イタリアの靴とバッグのメーカー、トッズの広告写真を見たせい。
ファッション雑誌に掲載されたトッズの広告写真(link
まるでモランディの絵の中にトッズの商品がはいりこんだかのようだ。

引っ越しの記念に買った笹尾光彦の大きな絵にモランディの花瓶の絵が取り込まれていて、それを毎日毎日眺めて暮らしているせいでモランディについてはへんな思い入れをもってしまっている。昨年の展覧会にも行ってポストカードを買ってしまった。

うちにある笹尾光彦の絵(link

ところで静物写真というのは、人やネコや風景を撮るのとちがって、よく撮れなかったら原因は100パーセント自分という感じがする。

2017/10/14

トルコキキョウ

京王の花屋さんで。
写真にうつっている一輪だけを買ったわけじゃなくて、
ピンクと紫色の三色のトルコキキョウのブーケをばらして白い花だけ棚に飾ってみた。
残りの花はダイニングテーブルの上。


21世紀になってから刊行されたジョン・アーヴィングの小説をまったく読んでないことに気づき、発表順に読んでいくことにした。
4作もあって、4作とも上下巻。
3年くらい前、「海辺のカフカ」以降の村上春樹の小説を順に読んで最新刊までたどりついた経験がなかなか楽しく、その感じをまた期待している。

2017/10/07

バラ

井の頭公園のそばの花屋さんで。
いつでも売っているのでかえって買わない花。だけどきょうは買いたい気分だった。
デリーラという種類。


カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞した。

映画にもなった「日の名残り」を読んだのは20世紀のことなのでそれについて書くのはそれこそ日の名残り的な回想になってしまうわけだけど、

老人が車で目的地に向かうという話の枠組みがベルイマンの「野いちご」と同じであることや、
最後に目的の人物に会うプロセスが漱石の「明暗」と重なること、
緊迫感とユーモア、人生に対する臆面もない肯定、
それらことごとくがツボにはまり、
読み終わって幸福感に包まれた(笑)記憶がある。

翻訳の土屋政雄の名をおぼえたのもこの小説。
エンディングの3ページくらいを書き写したテキストファイルはいまでもパソコンのハードディスクにある。

誰かに会いに行く話、という形式は「わたしを離さないで」でも踏襲されていて、著者はそれが得意なのかも。